ビジネスと人権ロイヤーズネットワーク
日本政府ガイドライン検討プロジェクト
大村 恵実 蔵元 左近 佐藤 安信
齊藤 誠 菅原 絵美[*] 高橋 大祐
日本政府は、国際的なスタンダードを踏まえた企業による人権尊重の取組をさらに促進すべく、経済産業省において「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」(以下「検討会」といいます。)を設置して検討を重ね、2022年8月、「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」(以下「本ガイドライン案」といいます。)の策定・公表を行いました。
ビジネスと人権ロイヤーズネットワーク・日本政府ガイドライン検討プロジェクト有志一同は、本ガイドライン案の策定・公表を歓迎し、本ガイドライン案の策定・公表までの日本政府・経済産業省・検討会のご努力に敬意を表します。一方、以下の通り、本ガイドライン案には、国際規範との整合性等に関して、日本の実情に照らしても懸念される点が存在します。そのため、私達は、本ガイドライン案に対する意見公募(パブリックコメント)手続において、本ガイドライン案がより国際規範に整合的でかつ実効的な内容となるよう、意見書を提出しました。
本意見書においては、特に以下の5つの重要な視点に留意して本ガイドライン案を全体的に改善することを要請しています。
1 国連「ビジネスと人権指導原則」をはじめとする国際規範と齟齬のある記載の修正の必要性
本ガイドライン案には国連「ビジネスと人権指導原則」(以下「指導原則」といいます。)をはじめとする国際規範と齟齬のある記載や国際規範の内容について誤解を招きかねない記載が多数認められます(詳細は、例えば、本意見書第2の2・3・6・9・11・12・14をご参照ください)。
このような記載が存在しますと、日本企業に対し国際規範に関する誤った理解を生じさせることにつながりかねず、また日本社会・企業に対する国際的な評価を低下させることにつながりかねない懸念が生じます。そのため、国際規範に整合した記載に修正することを要請します。
2 国際規範文書に関する出典や関連箇所の明示の必要性
本ガイドライン案には国際規範文書の記載をほぼそのまま複写しながら、出典の明示のない記載が複数認められます(詳細は、例えば、本意見書第2の3・11・12をご参照下さい)。
例えば、「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」(以下、「OECD・DDガイダンス」といいます。)には、「利用者は自身が作成する文書、プレゼンテーション、ブログ、ウェブサイト、教材の中に、OECDの刊行物、データベース、マルチメディア製品からの抜粋を用いることができるが、その際は、OECDを出典および著作権所有者として適切に明記することが条件となる。」と記載があり、著作権保護や引用ルールの観点で批判を受けないためにも、出典を明示していただいた方がよいと考えます。
本ガイドライン案について国際規範文書の出典や関連箇所を明示していただくことは、企業において本ガイドライン案に対応した国際規範文書の詳細を確認することを容易にし、本ガイドライン案の実用性を高めるためにも重要です。そのため、本意見書において指摘した箇所以外においても、広く、国際規範文書に関する出典や関連箇所を明示することが重要と考えます。
3 国際人権の尊重と国内法令の遵守の関係に関するより正確かつ具体的な記載の必要性
企業が人権を尊重するにあたって、国際的に認められた人権の尊重と国内法令の遵守の関係を正確に理解することは極めて重要です。
企業の人権尊重責任の「基礎となる原則」として位置づけられる指導原則の原則11は「企業は人権を尊重すべきである。」と明示し、その公式コメンタリーにおいて、「人権尊重責任は、事業を行う地域にかかわらず、すべての企業に期待されるグローバル行動基準である。その責任は、国家がその人権義務を果たす能力・意思からは独立してあるもので、国家の義務を軽減させるものではない。さらに、その責任は、人権を保護する国内法令の遵守を越えるもので、それらの上位にある」と、国内法令の遵守との関係を明確に説明しています。
これをふまえて、原則23は、国内法令の遵守との関係で、国際的に認められた人権をどのように尊重していけばよいのかを具体的に説明しています。
しかしながら、本ガイドライン案には、原則23の内容について誤解を招きかねない記載が存在します。また、原則11の公式コメンタリーに関する記載は一切ありません。このままでは、国際的に認められた人権の尊重と国内法令の遵守の関係が正確に理解されない懸念があります。そのため、指導原則に即して国際人権の尊重と国内法令遵守の関係に関して、より正確かつ具体的な記載を行うことを要請します(詳細は、本意見書第2の2をご参照ください。)
4 人権尊重の取組の各所における脆弱な立場にあるステークホルダーへの配慮の記載や関連する国際条約・原則の明示の必要性
指導原則は、基本原則において、「この指導原則は、社会的に弱い立場に置かれ、排除されるリスクが高い集団や民族に属する個人の権利とニーズ、その人たちが直面する課題に特に注意を払い、かつ、女性及び男性が直面するかもしれない異なるリスクに十分配慮して、差別的でない方法で、実施されるべきである。」と規定しています。そして、指導原則は、人権尊重の取組に関する各所において、脆弱な立場にあるステークホルダーへの配慮に関して規定しています。
しかしながら、本ガイドライン案には、負の影響の特定・評価に関する4.1.2.2にしか脆弱な立場にあるステークホルダーに関連する記載がありません。このような記載では、読者は、その他の局面では、脆弱な立場のステークホルダーへの配慮はさほど重要ではないと誤解する懸念があります。
そのため、本ガイドライン案2.1.2.1の「人権」の範囲や本ガイドライン案2.1.2.3の「ステークホルダー」などにおいても、指導原則における記載を参照しながら、脆弱な立場にあるステークホルダーに配慮すべき内容を明記することが必要であると考えます。
また、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、先住民族の権利に関する国際連合宣言、障害者権利条約、子どもの権利条約、移住労働者の権利条約などの国際条約や「女性のエンパワーメント原則(WEPs)」や「子どもの権利とビジネス原則」などの原則についても具体的に明示することも必要と考えます(詳細は、本意見書第2の10をご参照ください。)。
5 救済に関するより正確かつ充実した記載の必要性
企業が人権尊重責任を果たすためには、人権デュー・ディリジェンス(以下「人権DD」といいます。)の実施と並行して、適切な場合に是正・救済措置を取ることやそれを可能とするための苦情処理メカニズムを整備又は協力することが極めて重要です。
しかし、本ガイドライン案においては、人権DDに関する記載と比較して、救済に関する記載が非常に乏しく、企業がどのように苦情処理メカニズムを整備できるかが理解することが困難です。苦情処理メカニズムの整備における留意点や国内外の整備例について追記・整理していただく必要があります。
また、特に、本ガイドライン案26頁「5.救済(各論)」第2段落において、「自社の事業・製品・サービスが負の影響と直接関連しているにすぎない場合は、その企業には救済を実施する責任はない。」との記載は、常に救済を実施する責任がないと誤解を生じさせかねない懸念があります。「助長する」と「直接関連している」の関係性は連続性があり、直接関連しているに過ぎない場合でも、人権DDを通じて人権への負の影響を特定していたにもかかわらず合理的な措置もとらないことが続いた場合などは、人権への負の影響の助長に発展し、救済を実施する責任を負う可能性があることを明確にする必要があります(救済に関する意見の詳細は、本意見書第2の13~20をご参照ください。)。
意見書本文は以下からダウンロードお願いします。
[*] 菅原絵美は、本ガイドライン案の「5. 救済(各論)」に対する意見に関して、本プロジェクトに参加しています。その他の箇所に対する意見については、別途提出しています。
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