弁護士 高橋 大祐
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(「組織委」)は,2017年3月,「持続可能性に配慮した調達コード(第1版)」(「調達コード」)を発表した。調達コードは,以下のとおり,様々な観点で,国連ビジネスと人権に関する指導原則(「指導原則」)への準拠を意図した内容となっている。調達コードの内容については,「調達コード解説」に詳細が記載されているところ,本稿では,指導原則との関係に焦点をあてて,分析を行う。
Ⅰ 調達コードの目的
調達コードの「1.趣旨」は,調達コードの目的として,SDGs(持続可能な開発目標)目標12である持続可能な消費及び生産の達成に貢献することに加え,ビジネスと人権に関する指導原則をはじめとする持続可能性に関わる国際規範を尊重することを規定している。
これをふまえ,調達コード解説49頁以下のコラムでは,「国連のビジネスと人権に関する指導原則と人権デュー・ディリジェンス」についても解説し,指導原則や人権DDを調達コード遵守のための体制整備等に当たってどのように活用できるのかについて解説している。
Ⅱ 調達コードの適用範囲
「2.適用範囲」記載の通り,調達コードは,組織委が調達する物品・サービス及びライセンス商品(「調達物品等」)の全てを対象とし,パートナー企業から調達するものも含んでいる。組織委のサプライヤー及びライセンシーとなる企業は,調達物品等の製造・流通等に関して調達コードの遵守が求められると共に,サプライチェーンに対しても調達コードを遵守するように働きかけることを求められる。
「8.その他」において,東京都及び政府機関等に対して,本大会関係で調達する物品・サービスに調達コードを尊重するよう働きかけることを明記しているところ,東京都及び日本スポーツ振興センターは調達コードに関する取り組みを行うことを発表している。
Ⅲ 調達コードの持続可能性基準
「4.持続可能性に関する基準」記載のとおり,調達コードの遵守事項は,法令順守を一般的に義務付けることを超えて,環境・人権・労働・経済の各分野における具体的な要求事項を規定しており,「ビジネスと人権」に関する様々な課題をカバーするものとなっている。
各要求事項には,サステナビリティに対するネガティブな影響を防止する項目とポジティブな影響を促進する項目が存在する。前者(例:違法に採取された資源の使用禁止)は,「しなければならない」「してはならない」という文末を規定し,要求事項や禁止事項を法的義務として明確に定めている。
一方,後者(例:省エネルギー)については「すべきである」と末尾を規定し,法的義務までは課していない。しかし,「5.担保方法」における規定された開示・説明義務と相まって,取組を実施していない場合はその正当な理由について説明が求められるという意味で,単なる努力義務を超えた配慮が要求されていると評価できる(調達コード解説42頁参照)。
特に外国人・移民労働者(技能実習生を含む)の処遇に関する基準は,日本国内で重要な人権リスクとして認識されている関係で詳細な基準が設定されている。また,木材・農産物・水産物・紙・パーム油についても個別の基準が設定されている。
Ⅳ 調達コードの遵守方法
調達コードは,「5.担保方法」に規定された方法に沿って遵守する必要があるところ,以下のとおり,指導原則を参照した内容となっている。
1 リスク評価の結果をふまえた遵守体制の整備の必要性
調達コード5(3)記載のとおり,対象企業は,自社に関連する持続可能性に関するリスクを適切に確認・評価した上で,そのリスクの高さに応じて,調達コード遵守体制を整備することが要求されている。
このような規定は,リスクベース・アプローチに基づく内部統制システムの整備を推奨したものと評価できる(調達コード解説37頁参照)。
以上のような手法は,人権に対する負の影響を評価し,これに対処する人権DDの考え方とも整合するものであり,脚注vも人権DDの手法が参考となる旨明記している(調達コード解説37頁,49-51頁コラム参照)。
2 サプライチェーンへの働きかけの必要性
調達コード5(5)記載のとおり,対象企業は,サプライチェーンに対して調達コード又はこれと同様の調達方針等の遵守を求めるなどサプライチェーンに働きかけを行うことも要求されている。サプライチェーンに対する働きかけにあたっても,リスクベース・アプローチに基づく対応が推奨されている(調達コード解説39頁参照)
3 共存共栄の理念に基づくボトムアップ・アプローチの採用
調達コード5(5)記載のとおり,対象企業は,サプライチェーンへの働きかけにあたって,共存共栄の理念に基づき,サプライチェーンとの共同の取組として調達コードの遵守を推進できるように,サプライチェーンとのコミュニケーションを重視することが推奨されている。
このようなボトムアップ型の対応は,中長期的な信頼関係を重視する日本独自の「共生」の文化にも整合するものと評価できる(調達コード解説40頁)
4 サステナビリティ条項モデル条項の導入の推奨
調達コード5(5)記載のとおり,対象企業は,サプライチェーンへの働きかけやコミュニケーションを確実にするため,サプライチェーンとの間の契約に,組織委が作成するサステナビリティ条項のモデル条項又はこれに類似する条項を挿入することを推奨されている。
この規定をふまえ,モデル条項が調達コード解説52頁以下で提示され,解説がなされている。このモデル条項は,日本弁護士連合会「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」におけるCSR条項とも類似した内容となっている。
Ⅴ 調達コードの苦情処理メカニズム
対象企業による調達コードの不遵守は,5(8)規定の「遵守状況の確認・モニタリング」を通じて組織委自体により認識される場合がある。これに加えて,調達コードは,2018年4月以降「通報受付窓口」を設置しており,NGOやステークホルダーなどの第三者の通報により基準の不遵守が通報され,その解決が図られることもあり得る。
組織委は,この「通報受付窓口」の設置にあたっても,指導原則31規定の非司法的苦情処理の仕組みの8つの実効性基準「正当性」「利用可能性」「予測可能性」「公平性」「透明性」「権利適合性」「持続的な学習源」「関与(エンゲージメント)と対話に基づくこと」を意図している。
通報受付窓口が実効的な苦情処理メカニズムとして機能するか否かは,今後の運用状況をふまえて評価していく必要がある。
Ⅵ 結びに
以上の通り,調達コードは様々な観点で指導原則への準拠を意図した内容となっている。実際,組織委が2018年6月に発表した「持続可能性に配慮した運営計画(第二版)」においても,指導原則への準拠を目標に掲げている。
調達コードに関する取組及び課題双方をふまえて,今後日本においても,「オリンピックのレガシー」として,ビジネスと人権に関するルール形成や調達実務が普及していくことを期待したい。
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